「私はどこから来て、どこへ行くのか?」「私とはいったい誰?」という実に「青臭い」質問に対しての道具として、音楽に関わり続けています。
そのため、タンゴはもちろん、出自のハッキリしている音楽に関わるときは、かなりの覚悟をしています。1986年、たまたまエキストラとしてブエノス・アイレスで演奏する機会がありました。(正規コントラバス奏者のドタキャンという単純な理由です)。そこでマエストロ・プグリエーセに出会い、共演までしてしまいました。どうやら私は「本物」に出会う運を持っているようです。
プグリエーセ氏の演奏から、当然のように、その生き方が見えてきました。一緒に演奏した劇場では、昼間から労働者風の男達が大勢、開演を待ちわびて並んでいます。一曲終わりそうになるたびに、大歓声と拍手で曲の終わりはいつも聞こえません。本当に愛され、いやそれ以上に「必要」とされている音楽の在り方に愕然としました。北アメリカ式のエンターテイメントやヒットチャート音楽とどれだけ違うか・・・・。プグリエーセ氏の過去の事も聞きました。その生き方と志、音楽への情熱、すべてがタンゴに、ジュンバのリズムに集約されていました。完全にやられっちまいました。
ピアソラの初来日公演、自分のソロが終わっても「どうだ!」とばかりに、胸を張って、聴衆に、世の中に挑むがごときその姿勢には電撃ショックを受けました。
長期東京で仕事をしていたオスワルド・レケーナ氏の個人レッスンを受けたとき、タンゴ・フォルクローレという音楽に対する誇りと愛情には圧倒されました。パブロ・ネルーダを愛読し、アルゼンチンのプロ音楽家審査員をしていた彼は「プロの基準は、タンゴに対する誇りがあるかどうかだ」と言い切っていました。
この3人に象徴される音楽が日本にあるだろうか?問うまでもありません。さらに当時の日本は「ポスト・モダン」的な考え方が広がり始めていました。「言葉」なんて「愛」なんて「音楽」なんて信じられないさ、というような実に「不健康」な風潮です。そんな中で私自身もふらふらと揺れていましたが、韓国のシャーマン音楽とプグリエーセ、ピアソラ、レケーナ氏との出会いが、私の性根に突き刺さりました。ポスト・モダン・ボーイからめでたく「不良中年」になることができたわけです。
今まで、ピアソラ作品集は2枚、ソロで何曲か録音もしました。タンゴ・エクリプスという作品では、神奈川フィルハーモニーと私・小松亮太氏のソロで初演、コントラバスアンサンブルなどで演奏を続けています。タンゴ楽団にゲストで参加したりもしています。しかし、最初に書いたような理由で、タンゴだけで生きていくことは残念ながらできません。「タンゴを」生きていなければ「タンゴは」演奏できないぞ!というきついレッスンをプグリエーセ、ピアソラ、レケーナから受けたと思っています。
タンゴの演奏を頼まれる度に、事前にギューッとタンゴを身体に注入し、くすぶり続ける種火に火をつけるという作業をしています。面白いことに、私のコントラバスの調整はだんだんと黄金時代のタンゴ・コントラバホ奏者の調整に成っているのです。極太のガット弦を特注し、フレンチボウで、楽器の金属類を交換し、ゆったりと堂々と鳴るようにしています。実は、今が一番タンゴ・コントラバホらしい音になっているのです。
少しまとめて私のタンゴ体験を書いたページが
http://web.mac.com/travessia115/site/essay.html
にあります。
私と「タンゴ三兄弟」となっている高場将美さん、乾千恵さん。
高場さんは皆様ご存じだと思います。高場さんがギター伴奏をしている峰万里恵さん http://mariemine.web.fc2.com/index.html と私で時々トリオ演奏をしています。
乾千恵さんは岩波書店より画文集「七つのピアソラ」を出版された書家・画家・エッセイストです。タンゴもの次作も準備中、来年はフォルクローレものの童話も出版予定。
「七つのピアソラ」出版記念で一緒にツアーをしたフランス人バンドネオン奏者オリヴィエ・マヌーリさんhttp://olivier.manoury.free.fr/ 、ピナ・バウシュ舞踊団のソロダンサー、ジャン・サスポータス http://www.jsasportes.com/ さんも私の大事なタンゴ仲間です。
七つのピアソラツアーに関しては
http://web.mac.com/travessia115/site/Welcome.html
にあります。
とても多くて書ききれませんが、「ラ・ジュンバ」は特別かもしれません。プグリエーセ楽団と共演したときはトローサさんとソロの交換をやったりしました。究極のツービートだと思います。また、プグリエーセ楽団・ピアソラセステートが合同演奏した「finally together」での「ラ・ジュンバ」~「アディオス・ノニーノ」で、堂々といつものジュンバが終わった後、つなぎのヘラルド・ガンディーニさんのピアノソロにきょとんとするプグリエーセ翁。タンゴの過去・現在・未来が見えた瞬間でした。
Bandoneon Tango Pugliese & Piazzolla "La Yumba" - "Adios Nonino", el dia 26 de Junio de 1989.
http://www.youtube.com/watch?v=ybiRfveNR8c
※プグリエーセ&ピアソラのインタビュー動画
http://www.youtube.com/watch?v=ZMFpoWs1H0M
(Youtube動画:埋め込み禁止につき、リンクのみ)
前述の峰・高場・徹トリオでのタンゴレパートリーはどれも厳選されていて、高場さんの訳もすばらしく、いつも目から鱗が落ちる体験です。曲と共に、歌詞がいかに重要かを思い知らされます。
本ページの読者の皆様のご興味に沿うものはほとんどございません。申し訳ございません。たまにタンゴものをやるかもしれませんので、http://web.mac.com/travessia115 をチェックしてくださいませ。
また、ガット弦によるピアソラ作品のコントラバスソロの録音は近々したいと思っています。